雨あがりの朝、淡路野
愛媛県松山市東野・畑寺   2007/2/28(水)  快晴
昨夜来の雨のあがった午前、1時間30分の自然観察散歩で出会ったもの。
                                                                     
ウグイス(鶯)が、遠慮がちながら、しっかりした声で歌っていました。     菜の花も満開。
シロハラ(白腹)は、そろそろ北国へ帰らなければなりません。
南天の実は、まだ一杯。     野菜畑にはネギ(葱)などがすくすく。    モグラ(土竜)避けの風車クルクル。
果樹園越しの雑木林。 落葉樹もありますが、常緑広葉樹が多いせいでしょうか、冬景色のようにありません。
菜の花 柿の木はまだ芽吹きなし
雨の上がった朝です。
風も少しあります。
そのせいか、今日は
すっきりと遠くまで見えます。

約10km先の、伊予灘や
重信川河口のガスタンクも
見えます。(62倍望遠)
こんなところにいるのはムクドリさん 墓石の側は、ジョウビタキ雌 松にメジロ(目白)
ヒヨドリ(鵯)の群が北へ渡っていく準備をしているようです。        モズ(鵙)が睨(にら)んでいます。
蜜柑にヒヨドリ 仏の座 大犬のふぐり ナズナ(薺) タンポポ(蒲公英) 飛び立ちます
そのほか
いろいろ。

鳥はほかに、
アオジ、ツグミ、
ホオジロ、キジバ
ト、カワラヒワなど
キンカン(金柑) ヒサカキの実 サザンカ(山茶花) センリョウ(千両) エンドウ(豌豆)?
慶応です 寛政4年は1792年(江戸時代) 明治21年とお地蔵さん
天保6年は1835年(江戸時代) 寛政6年は、1794年(江戸時代) 延享2年は、1745年(江戸時代)
古い墓地がありました。

綺麗に整頓されて、
古い時代が、整列しています。

目白や鶯が囀っていました。
宝暦6年は、1756年(江戸時代) 宝暦4年は、1754年(江戸時代)
太平洋戦争ではなく、
大正7年(1918年)の朝鮮龍山での
病没とか。昭和20年(1945年)まで
日本は長い「戦争の時代」に。

現在も、「戦争の最中」に
いる国のなんと多いことでしょう。

老木が、じっと見ています。
ボケ(木瓜)の花の向こうは菜の花。  早咲きの小型八重のような桜が、2月というのに、すでに満開。
平和な風景は、いつまで続くのか・・・。
ハシボソガラス(嘴細烏)は、相変わらず忙しそう。 しかしカラスさんには殺し合いの戦争はありません。
← 山歩き・里歩き(自然の手帖)一覧へ  ← トップページへ

inserted by FC2 system