町並博 大洲と大洲城

2004/10/22(金)見物の一部分簡単な報告です。

〔町並博は2004年10月31日まで。それ以降も開設のものは画像の解説を。〕

【ドライブ案内】
国道56号、NTT角交差点を東へ約200mで、左手に観光案内所、そこに駐車場あり。「ループバス」がJR大洲駅などから毎日30分間隔(土・日・祝は15分間隔)で運行している。観光案内所で「案内マップ」と丁寧な説明が頂ける。町並博コールセンターの電話は0893−23−0520 大洲拠点運営本部は 0894−23−0520。

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古い家並みと道 車の通行禁止ではありませんが、
道幅が狭いということは、
大変歩きやすいです。
それだけで、「レトロ(懐古的)」
というもの。
古い家並み 「大洲レトロタウン 
大洲町並ミュージアム」
(およそ500m四方ほど)の一角
「バンブーアートストリート」です。
竹で作られた飾り物が、
いい音をたてています。
煉瓦館中庭から 明治34年建設の
「赤煉瓦館」の中庭。

赤煉瓦館から始めると、
売店は、入り口部分に
ありますから、買い物は
最初にすませるか、
引き返して買い物、となります。
つい買いそびれ、という「流れ」。
「ポコペン横丁」のゲート(?)から
入るのが道順なんでしょうかね。
竹で作ったツール バンブーアートのツール、
ここでも、ちょっと意外な
いい音を
たてています。
灯りなどの展示 特別展示
「光と影のミュージアム」
2005年3月31日まであります。
(入場料、大人300円、
小人150円、)
これは1階の、
「19世紀あかりコレクション」です。
家具類の展示 19世紀〜20世紀初頭の主に
イギリスで愛用されたガラス製
シェードや、家具、ステンドグラス
などが展示してあります。
映画関係展示物 2階の
「フィルム・サロン」では、
チャップリンが活躍した時代の
手動サイレントカメラなど
歴史的な映画関係の機材が
展示されています。
(1階の19世紀あかりコレクション
と併設)
ポスター 「カサブランカ」のポスター
ポスター 「風と共に去りぬ」ポスター
ポスター 「禁じられた遊び」ポスター
ポスターの一部 オードリー・ヘップバーン

(こんな使い方すると、
著作権法に抵触する・・・
のですかね?)
雑貨店の店頭 赤煉瓦館から出て
左へ回れば、
「大洲まぼろし商店街1丁目
ポコペン横丁」です。
おもちゃ、古美術、
レトログッズ、オリジナル小物の
展示・販売や
軽食・飲み物等もあります。
昔のお酒の代金一覧 「思い出倉庫」では、
特別展として10月31日まで
「昭和のこどもたち・
石井美千子人形展」と
「昭和小路」(入館料300円)
があります。
昭和30年代のもろもろのもの、
その他の展示で、
昔?の世界へ・・
昔の看板類 上1枚とこの写真は
「昭和小路」で撮影。
(人形展は、撮影不可)。
古い古い家並み これは、
絵画ではありません。
カメラでの実写です。
ポコペン横丁のすぐ横。
吉元邸の説明版 昼食をとった
おはなはん通りにある、
郷土料理 旬(しゅん)の
屋敷。
(おいしくて、安くて、落ち着ける
いいところです。ただし、
お昼時には、待たなければ
ならないことが多いようです)。

庭 その、
門を入った庭
室内から庭 庭を眺めながらの席も
あります。

昼は11:30〜14:00
町並博期間中は15:00まで。
夜は18:00〜(前日までに
要予約)

昼食時間帯は
大変混み合います。
蔵のような建物 おはなはん通りの休憩所。
2階にはおはなはんの
映画関係の展示。
この通りの解説版には、おはなはんが
ここで生まれたと思わせてしまう「しく
み」になっています。
折りしも、通りかかった
徳島市からの観光客が、
おはなはんが徳島市の生まれ
だと聞いて、驚きモモの木でした。
写真 うしろには、
改装前の
大洲城高欄櫓が
写っています。
おはなはん略年表 おはなはんが、
ここの生まれなのは
小野田勇作の「小説おはなはん」
の中の架空の設定であることが、
説明してあります。丁寧に読めば、
原作は、林謙一の随想、
徳島市の生まれだと分かる
ようになってはいます。
呉服屋店内 志保町通りの
お店の中。
そのほか、あちこちの
通りに、多くの店が
散在しています。。
古い通り 「明治の家並み」の残る、
恵比寿通り。
大洲城天守 2004年(平成16年)
復元なった大洲城天守閣。
大洲城から風景 大洲城から肱川を望む。
左の山は冨士山。
城内階段 天守に至る階段は急勾配。
みんな「気をつけて、気をつけて」。
ジオラマ展示の一部 築城の有様を再現した
ジオラマも面白いです。
これは、工事人たちへの、
炊き出しの部門。
壁構造の展示 壁の構造が、分かりやすく
展示してあります。
高欄櫓の説明版 大洲城の始まりは、
鎌倉時代、1331年(元弘元年)
らしいです。
大洲城天守 高欄櫓からみる、天守閣の
端正なこと。
石垣の横の古い小道 昔の、といっても復元前までの
駐車場から、よく利用した
本壇に登る近道がそのまま
残っていました。
本壇のありさまは、激変した(大きな
木が、大部分取り払われました)
のに比べ、この道は、まったく昔の
ままで、不思議というか、何と言う
か・・珍しいことです。
入場料説明板 高齢者(65歳以上)は、
「老人手帳」いや、
「高齢者手帳」を持参しましょう。
長い間、真面目に税金を納めた
御褒美だそうですから、
遠慮しないことです。
河原の鳥たち 肱川べりには、
河鵜(かわう)や
蒼鷺(あおさぎ)が
休んでいます。
家並み 大洲城を降りたところ、
三ノ丸のあたりの家並み。
旧居説明石柱 すぐ右を見れば、
松根東洋城の
旧居があります。
大洲城遠景 大洲城の北側、
肱川の右岸の河原から見たところ。
やはり、樹木を伐り過ぎと
違いますか・・・。
素っ裸のようで、
寒々としたお城になりました。
内部は綺麗ですが。
さらに要らぬこと申しますが、
お城の石垣を隠してしまった
南側の市民会館を撤去することが
先決のような気が致しまする。
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