町並博 大洲と大洲城
2004/10/22(金)見物の一部分簡単な報告です。
〔町並博は2004年10月31日まで。それ以降も開設のものは画像の解説を。〕
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車の通行禁止ではありませんが、 道幅が狭いということは、 大変歩きやすいです。 それだけで、「レトロ(懐古的)」 というもの。 |
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「大洲レトロタウン 大洲町並ミュージアム」 (およそ500m四方ほど)の一角 「バンブーアートストリート」です。 竹で作られた飾り物が、 いい音をたてています。 |
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明治34年建設の 「赤煉瓦館」の中庭。 赤煉瓦館から始めると、 売店は、入り口部分に ありますから、買い物は 最初にすませるか、 引き返して買い物、となります。 つい買いそびれ、という「流れ」。 「ポコペン横丁」のゲート(?)から 入るのが道順なんでしょうかね。 |
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バンブーアートのツール、 ここでも、ちょっと意外な いい音を たてています。 |
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特別展示 「光と影のミュージアム」 2005年3月31日まであります。 (入場料、大人300円、 小人150円、) これは1階の、 「19世紀あかりコレクション」です。 |
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19世紀〜20世紀初頭の主に イギリスで愛用されたガラス製 シェードや、家具、ステンドグラス などが展示してあります。 |
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2階の 「フィルム・サロン」では、 チャップリンが活躍した時代の 手動サイレントカメラなど 歴史的な映画関係の機材が 展示されています。 (1階の19世紀あかりコレクション と併設) |
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「カサブランカ」のポスター |
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「風と共に去りぬ」ポスター |
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「禁じられた遊び」ポスター |
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オードリー・ヘップバーン (こんな使い方すると、 著作権法に抵触する・・・ のですかね?) |
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赤煉瓦館から出て 左へ回れば、 「大洲まぼろし商店街1丁目 ポコペン横丁」です。 おもちゃ、古美術、 レトログッズ、オリジナル小物の 展示・販売や 軽食・飲み物等もあります。 |
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「思い出倉庫」では、 特別展として10月31日まで 「昭和のこどもたち・ 石井美千子人形展」と 「昭和小路」(入館料300円) があります。 昭和30年代のもろもろのもの、 その他の展示で、 昔?の世界へ・・ |
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上1枚とこの写真は 「昭和小路」で撮影。 (人形展は、撮影不可)。 |
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これは、 絵画ではありません。 カメラでの実写です。 ポコペン横丁のすぐ横。 |
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昼食をとった おはなはん通りにある、 郷土料理 旬(しゅん)の 屋敷。 (おいしくて、安くて、落ち着ける いいところです。ただし、 お昼時には、待たなければ ならないことが多いようです)。 |
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その、 門を入った庭 |
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庭を眺めながらの席も あります。 昼は11:30〜14:00 町並博期間中は15:00まで。 夜は18:00〜(前日までに 要予約) 昼食時間帯は 大変混み合います。 |
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おはなはん通りの休憩所。 2階にはおはなはんの 映画関係の展示。 この通りの解説版には、おはなはんが ここで生まれたと思わせてしまう「しく み」になっています。 折りしも、通りかかった 徳島市からの観光客が、 おはなはんが徳島市の生まれ だと聞いて、驚きモモの木でした。 |
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うしろには、 改装前の 大洲城高欄櫓が 写っています。 |
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おはなはんが、 ここの生まれなのは 小野田勇作の「小説おはなはん」 の中の架空の設定であることが、 説明してあります。丁寧に読めば、 原作は、林謙一の随想、 徳島市の生まれだと分かる ようになってはいます。 |
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志保町通りの お店の中。 そのほか、あちこちの 通りに、多くの店が 散在しています。。 |
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「明治の家並み」の残る、 恵比寿通り。 |
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2004年(平成16年) 復元なった大洲城天守閣。 |
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大洲城から肱川を望む。 左の山は冨士山。 |
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天守に至る階段は急勾配。 みんな「気をつけて、気をつけて」。 |
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築城の有様を再現した ジオラマも面白いです。 これは、工事人たちへの、 炊き出しの部門。 |
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壁の構造が、分かりやすく 展示してあります。 |
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大洲城の始まりは、 鎌倉時代、1331年(元弘元年) らしいです。 |
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高欄櫓からみる、天守閣の 端正なこと。 |
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昔の、といっても復元前までの 駐車場から、よく利用した 本壇に登る近道がそのまま 残っていました。 本壇のありさまは、激変した(大きな 木が、大部分取り払われました) のに比べ、この道は、まったく昔の ままで、不思議というか、何と言う か・・珍しいことです。 |
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高齢者(65歳以上)は、 「老人手帳」いや、 「高齢者手帳」を持参しましょう。 長い間、真面目に税金を納めた 御褒美だそうですから、 遠慮しないことです。 |
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肱川べりには、 河鵜(かわう)や 蒼鷺(あおさぎ)が 休んでいます。 |
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大洲城を降りたところ、 三ノ丸のあたりの家並み。 |
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すぐ右を見れば、 松根東洋城の 旧居があります。 |
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大洲城の北側、 肱川の右岸の河原から見たところ。 やはり、樹木を伐り過ぎと 違いますか・・・。 素っ裸のようで、 寒々としたお城になりました。 内部は綺麗ですが。 さらに要らぬこと申しますが、 お城の石垣を隠してしまった 南側の市民会館を撤去することが 先決のような気が致しまする。 |
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